えれ:
批判するにはその対象を多角的に分析する必要があります。
その作業を怠らなければ、自信を持って発表すべきだと思います。
届くかはわかりません。その内容の正否もわかりません。
ただ、逆に盲目的である事は、それは悪だと思うのです。
と言いたかったのです。
以前、あまりにもつまらないプロレスの興行で、
セミ終わったタイミングで帰った事があります。(団体はDDTじゃないです。)
自分自身冷たいと思いましたが、僕はプロレスファンであって、どこの団体のファンでもない。と思って。
それは今も不変のつもりです。
ウマパグさん:
社会人ともなれば時間は貴重ですから義理立てする必要はないですよね。自分は熱心なプロレスファンではありませんが、多少拙攻があってもDDTは観て期待に応える信頼できると団体だと思いますし、そういう意味では信者です。ヒカルンもモーニング娘。も失望しない限り同様。
えれ:
うまパグさんの仰った言葉の意味を正しく理解出来ていないと私自身思う節がありますが、察するに、私とうまパグさんとで、「ファンのあり方について思う形」が違うと言う事でしょうか。
一方的な否定ではなく、前向きな批判は言った方が、その対象の為になると思うのですが…。
ウマパグさん:
難しいですよね。声が届けば批判も意味がありますけど普通は届かないし、また、その批判も正しいのか判らないし。ファンというのは信じて付いて行くしかなくて、ダメだと思えば離れるだけ。以上はモーヲタとしての感想。だから、DDTのレスポンスの良さには感動しています。
基本的にファンというのは与えられた物を愛でることしかできないというのが私のスタンスです。良くしようと思ってもそれを聞き入れてもらえない場合は負の感情が沸きますし、それでは趣味のはずなのに楽しくない。
勿論、昔からこんな考え方ではなくて、アニメとか特撮とかアイドルとか、
いわゆる大人の事情で“それは判ってるんだけどできないだよ”というのを色々見聞きしてるので、
本人を批判しても意味がない、それは愚痴にはしかならない。と思うようになりました。
魅力>欠点ならファンを続けるし、逆なら辞める。
そういうスタンスになったら、とても楽になりました。
対象が好きなうちは、その魅力をできるだけ拡散して同志を増やそうと。
たしかに、それは宗教でいう信者そのものですが自分が楽しくなくなれば切りますし、
単純に時間がなくて疎遠になったのもあります。
ただ、今までと違って“ひょっとして自分の声届いてる!?”と思わせるプロレス関係については、正直戸惑っています。
ダメなところは指摘した方がいいのか!?
でも、やっぱり、自分はあくまでも“スターとファンの関係”でいたいかな!? …長文&丑三つ時に失礼しました。
えれ:
順を追って説明するため、幾つかの項目に分けたいと思います。
1:ドクトル・えれのスタンス、2:信者、悪、謝罪、3:批判の発信、4:スターとファンの距離、の四本です。
1:否定と肯定を繰り返しながらそれを楽しむと言いましょうか。
村松友視著「私、プロレスの味方です(1979年刊行)」の表現を拝借しますが、
プロレスは真面目でも不真面目でもなく、
「クソ真面目に観るもの」というスタンスで私は観ています。
(この本を100%肯定しませんが、中古で100円ぐらいなので、機会があれば是非。)
また、他のファンとディスカスする事自体もプロレスの楽しみ方の一つだと思います。
だから今、ウマパグさんのツイートを読んで、こうして文章を書いている事も楽しいと感じています。
最近だと、8.18 DDT武道館のメインや、
7.1 NJPW&AJPW40周年記念興行での中邑・オカダVS諏訪魔・近藤の試合で、
ファン同士のディスカッションが特に行なわれたのではないかと記憶しています。
2:先のツイートで「信者」「悪」という表現をしましたが、
私が言い過ぎました。ゴメンなさい。悪ではないです。
でも、手放しで喜ぶのではなく、一度立ち止まって客観的に評価すれば、
自分が感じた魅力を言葉で他人に伝える事が出来ます。
そうすると、それを知らなかった人に伝わり、その人がファンになり、
そこに金の雨が降る。と僕は信じていて、今の僕にとっては、それが正義です。
自分の正義以外は悪と決め付けていました。反省してます。
ただ、ノアヲタのように、他団体にいきなりイチャモン付けるようになったら、
それはもう悪だと思います。人の楽しむ権利を侵害していると。
3:何かを批判する際、
対象がそれを受け入れてくれると私はそもそも思っていない(期待していない)ので、
ウマパグさんの言う「負の感情」が湧くことは今のところ無いです。
また、批判を発信する際に、
受け入れられないという負の感情までも発信する必要は無いと思います。
そして、どんな正当な批判・評価もオーディエンスという立場の意見でしかない。
と自覚する事が大事とも思います。
僕は、「自分の言葉が及ぼす影響は期待はしないけど、批判・評価を発信し続ける」という事をしたいです。
(どうせ、政治的・金銭的圧力なんてアタシには発生しないし。(それが発生すると歪んだ評価になってしまうと思うので。))
DDTのレスポンスの良さについては同意見です。
だからこそ、色んな人の正当な評価が発信され続ければ、
DDTの、そしてプロレス界の発展に繋がると思います。
4:彼らとの距離は絶対にあるし、デリカシーなくその領域を侵す事を良いと思いません。
距離があるから、「影響を期待しない」で、発信するのです。
以上
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